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平成七年九月
婚姻制度等の見直し審議に関する中間報告及び報告の説明
法務省民事局参事官室

目次

婚姻制度等の見直し審議に関する中間報告
 一 夫婦の氏(七五〇条関係)
 二 実子の氏(七九〇条関係
 三 養子の氏(八一〇条、八一六条関係)
 四 子の氏変更(七九一条関係)
 五 既婚夫婦への適用

婚姻制度等の見直し審議に関する中間報告の説明
第二部 本報告の説明

第一 夫婦の氏
 一 試案の概要及びこれに対する意見等
  1 試案の概要
  2 試案に対する意見の概要
  (一)選択的夫婦別氏制を導入すべきか
  (二)夫婦の氏の在り方
  (三)婚姻後の夫婦の氏の転換を認めるべきか
  (四)別紙夫婦に複数の子がある場合に、子相互間で氏が異なることを認めるか
  (五)別氏夫婦の実子の氏をいつ・どのように定めるか
  (六)別氏夫婦の子について、父母の婚姻中に子の氏を他方の親の氏に変更することを認めるか
  (七)別氏夫婦を養親とする緯組をする場合、養子の氏をどのように定めるか
  (八)選択的夫婦別氏制が導入された場合、現行法の下で成立した夫婦についても別氏を称することを認めるか
  3 世論調査の結果の概要
  (一)選択的夫婦別氏制を採用すべきか
  (二)賛否の理由
  (三)別氏夫婦の子の氏の在り方
 二 本報告の説明
  1 基本的な考え方
  2 夫婦の氏
  (一)夫婦の氏の定め
  (二)子の氏の定め
  (三)婚姻後の夫婦の氏の転換
  3 実子の氏
  (一)婚姻の際の氏の定め
  (二)子の出生時にその氏を定めろ方法を採らない理由
  4 養子の氏
  5 子の氏変更
  (一)「特別の事情」による氏変更
   a 趣旨
   b 特別の事情
  (二)その他の氏変更
  6 既婚夫婦への適用
  (一)既婚夫婦の別氏夫婦への転換
  (二)子の氏の定め


婚姻制度等の見直し審議に関する中間報告(抄)

第一 夫婦の氏(七五〇条・七九〇条・七九一条・八一〇条・八一六条関係、試案第二、一)

一 夫婦の氏(七五〇条関係)

1 夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫若しくば妻の氏を称し、又は各自の婚姻前の氏を称するものとする。(以下、夫又は妻の氏を称する旨の定めをした夫婦を「同氏夫婦」といい、各自の婚姻前の氏を称する旨の定めをした夫婦を「別氏夫婦」という。)
2 夫婦は、婚姻の際に、共通の氏を称するか、それとも、それぞれ婚姻前の氏を称するかの定めをしなければならないとする。
(注)婚姻後の同氏夫婦から別氏夫婦への転換も、別氏夫婦から同氏夫婦への転換も、いずれも認めないものとする。

二 実子の氏(七九〇条関係)

1 同氏夫婦の子の氏
 同氏夫婦の子の氏の取扱いは、現行法どおりとするものとする。
2 別氏夫婦の子の氏
 別氏夫婦の子は、一、2により定められた氏を称するものとする。

三 養子の氏(八一〇条、八一六条関係)

1 養親が同氏夫婦である場合
 養親が同氏夫婦である場合における養子の氏の取扱いは、現行法どおりとするものとする。
2 養親が別氏夫婦である場合
(1)養子は、一、2により定められた氏を称するものとする。
(2)養子は、別紙夫婦のいずれとも離縁した場合に限り、縁組前の氏に復するものとする。
 この点については、試案の説明で述べたところと同じであるから、これを援用する。

四 子の氏変更(七九一条関係)

1 同氏夫婦の子の氏の変更
 同氏夫婦の子の氏の変更の取扱いは、現行法どおりとするものとする。
2 別氏夫婦の子の氏の変更
(1)別氏夫婦の子は、父母の婚姻中は、特別の事情があるときに限り、家庭裁判所の許可を得て戸籍法の定めるところにより届け出ることによって、自己と氏を異にする父又は母の氏を称することができるものとする。
(2)別氏夫婦の子は、自己と同じ氏を称していた父又は母が氏を改めたことにより、その父又は母と氏を異にする場合には、父母の婚姻中に限り、家庭裁判所の許可を得ないで、戸籍法の定めるところにより届け出ることによって、その父又は母の氏を称することができるものとする。
(3)別氏夫婦の子は、父母の婚姻が解消し又は取り消された後は、家庭裁判所の許可を得て、戸籍法の定めるところにより届け出ることによって、氏を異にする父又は母の氏を称することができるものとする。
(4)子が一五歳未満であるときは、その法定代理人が、これに代わって(1)から(3)までの行為をすることができるものとする。
(5)(1)から(4)までによって氏を改めた未成年の子は、成年に達したときから一年以内に戸籍法の定めるところにより届け出ることによって、従前の氏に復することができるものとする。

五 既婚夫婦への適用

1 改正法の施行前に婚姻によって氏を改めた者は、その婚姻が継続している場合に限り、同法の施行の曰から一年以内に戸籍法の定めるところにより配偶者とともに届け出ることによって、自己の氏を婚姻前の氏に変更することができるものとする。
2 1により夫又は妻が婚姻前の氏を称することとなったときは、当該夫婦が婚姻の際、夫婦が称する氏として定めた氏を一、2の子が称する氏として定めたものとみなすものとする。


婚姻制度等の見直し審議に関する中間報告の説明

第二部 本報告の説明

第一 夫婦の氏(七五〇条・七九〇条・七九一条・八一〇条・八一六条関係、本報告第一)

一 試案の概要及びこれに対する意見等

1 試案の概要
 試案は、夫婦別氏制の問題は、夫婦の氏の在り方のほかに、婚姻後における夫婦の氏の転換、別氏夫婦の子の氏の定め方、子の氏の変更など関連する多くの問題を包含し、全体としての制度の在り方についてはもとより、これら個々の問題ごとに多様な意見があり得ることを考慮して、一定の考え方に基づく複数の類型を提示した。それが、A案・B案・C案の三つである。
 A案は、現行制度が、夫婦は婚姻に際してその称する氏を定めるべきものとしていることにかんがみ、夫婦の氏の定めをすることを原則としつつ、この定めを義務づけることをしないで、その定めをしないこともできるとする。夫婦の氏について定めをしないこととすれば、夫婦は、それぞれ婚姻前の氏を称することになるのである。また、別紙夫婦の子の氏については、例えば、別氏夫婦の子に複数の子がある場合、その氏は同一とするなど、現行制度の基本的な枠組みを維持している。
 B案は、人が婚姻前に称していた氏は、原則として、婚姻によっては変更されず、婚姻に際して夫婦の間で特段の合意がされた場合に限り、夫婦は同じ氏を称するとする。個人の個性・同一性の徴表としての氏の性格を重くみる考えに立つものである。この考えは、子の氏についても反映されており、別氏夫婦がそれぞれの氏を子に承継させること(子からみれぱ、その相互間の氏が異なること)を可能にしている。これに即して、別氏夫婦の子の氏の決定は、その出生時における父母の協議によることとしている。
 C案は、夫婦は同一の氏を称するものとする現行の制度を維持しつつ、婚姻によって氏を改めた夫婦の一方が、婚姻前の氏を自己の呼称として使用することを法律上承認する。この呼称は、氏ではなく、「氏に代わる個人の表示」であり、これを称する配偶者のみに専属し、子に承継されることばない。この案は、いわば婚姻によって氏を改める者の不利益・不都合の解消という要求に応える範囲において、現行制度を改めようとするものである。

2 試案に対する意見の概要
(一)選択的夫婦別氏制を導入すべきか
 この問題については、導入すべきであるとする意見が大半を占め、消極意見はごく少数にとどまっている。
 積極意見は、その理由として、[1]女性の社会進出が進むに伴って、婚姻によって氏を改めることが社会生活上の不利益・不都合をもたらすという事態が増加してきており、これを解消すべきである、[2]現代社会における多様な価値観を許容する観点から、夫婦がそれぞれ別の氏を称することを希望する人々には、その道を開いてよい、[3]個人の氏に対する人格的利益を保護すべきである、[4]現行制度は、形式的には夫婦が対等な立場で氏を決定することになっているが、社会の実態は約九八%の女性が婚姻によって氏を改めており、実質的な男女不平等を生じている、などが挙げられている。
 一方、消極意見の理由としては、[1]夫婦同氏制は、我が国の伝統であり、社会に定着している、[2]夫婦別氏制は、婚姻の意義を薄れさせ、家族の秩序を維持する上で好ましくない、[3]夫婦別氏制の下では、子の氏の決定に関する問題が生ずる、[4]別氏であることを希望する人は、現実には極めて少ない、[5]婚姻により氏を改めることの不利益は、婚姻前の氏を通称として使用することにより、回避することができる、などが挙げられている。
(二)夫婦の氏の在り方
 先に示したA・B・Cの類型のいずれを支持するかという点からみると、B案を支持する意見が比較的多く、A案を支持する意見がこれに次ぎ、C案を支持する意見はごく少数である。
 B案を支持する意見は、要するに、氏が個人の呼称であることを重視し、氏は婚姻によっても改められないのを原則とすべきであるとする理由に基づくが、他方で、
同案に対しては、[1]現行制度から乖離しており、国民の意識や感情に沿わない、[2]氏の個人的性格を過度に強調している、[3]夫婦・親子の氏が別々になるため、家族の一体感を確保する上で間題がある、などの批判が寄せらている。
 A案を支持する意見は、[1]現行制度との乖離が小さい、[2]国民の意識は、夫婦が同氏であることが望ましいと考えている、などを理由とするものであるが、これに対しては、子が父母の一方と氏を異にすることになるため、右のB案に対する[3]と同様の観点からの批判があるほか、正面から夫婦が別氏を称することを認めなくても、現行の離婚後の婚氏続称制度との均衡上、婚姻によって氏を改めた者が婚姻前の氏を呼称上の氏として称する制度とするのが相当であるとの意見がある。
 C案を支持する意見は、この案が現行の制度を維持しつつ、婚姻によって氏を改める者の社会生活上の不利益を回避することができるものであることを理由とするが、これに対しては、[1]別氏制の理念に応えておらず、制度として不徹底である、[2]夫婦の氏を定めなければならない根拠が薄弱である、[3]氏と異なる呼称の制度を設けることは混乱を招く、などの批判がある。
 一方、試案に掲げた三案とは異なる氏の類型が望ましいとする意見も相当数あるが、これらの意見は、主として、夫婦の氏の定め方について、
A・Bの両案のような考え方ではなく、夫婦が婚姻時に同氏・別氏をいわば対等なものとして選択する制度にすべきであるとするものである。
(三)婚姻後の夫婦の氏の転換を認めるべきか
 この問題については、「いずれの転換も認めない」とする意見が比較的多いが、「別氏から同氏ヘの転換のみを認める」とする意見、さらには、試案が採っていない「いずれの転換も認める」とする意見も相当数ある。
 「いずれの転換も認めない」とする意見の理由としては、[1]転換を認めると、個人の同一性の識別という氏の社会的機能が揖なわれる、[2]転換を認めると、婚姻の際の同氏・別氏の選択が安易に行われるおそれがある、[3]婚姻時に選択した夫婦の氏の在り方を事後的に変更することを認める必要はない、などが挙げられている。これに対しては、転換を認めないと、[1]婚姻時における選択が過度の重みを持つことになり、事実上別氏を選択することが困難になる、[2]夫婦が氏の転換を図るため、形式的な離婚と再婚をすることを誘発するおそれがある、などの批判がある。
 「別氏から同氏への転換のみを認める」とする意見は、婚姻後の事情の変化により、別氏から同氏への転換を必要とする場合が生じ得るから、柔軟に対応すべきであることを主たる理由とするが、これに対しては、主としてB案を支持する立場から、同氏と別氏との間に制度上の差異を設けるべきではないとする反論がある。
 「いずれの転換も認めるべきである」とする意見の理由としては、[1]選択的夫婦別氏制を導入するならば、氏について自由な選択を許容すべきである、[2]夫婦のそれぞれの氏を次の世代に承継させるのを認める(B案の立場)のであれば、同氏夫婦についてもこれを可能にするため、別氏夫婦への転換を認めるべきである、[3]婚姻後の社会的現境の変化により、夫婦の氏の転換を必要とする事態が生じ得る、などが挙げられている。これに対しては、[1]選択的夫婦別氏制を導入ずることは、当然に氏の自由化をもたらすものではなく、両者は区別して考えるべきである、[2]転換を認めると、個人の同一性の識別という氏の社会的機能が損なわれる、[3]同氏夫婦となること又は別氏夫婦となることの不都合は、婚姻時において予測可能であるから、婚姻の際に選択した夫婦の氏の在り方を変更することを認める必要はない、などの反論がある。
(四)別紙夫婦に複数の子がある場合に、子相互間で氏が異なることを認めるか
 この問題については、子の氏が異なることを認めるべきであるとする意見が多いが、これを認めないとする意見も有力である。
 子相互間の氏が異なることを認めるとする意見の理由としては、[1]夫婦別氏制の下では、父母の一方と子の氏は異なるのであるから、子相互間の氏が同じであるべき必然性がない、[2]子の氏をどのようにするかも父母の自律に委ね、子の意思は、子が一定の年齡に達した後に自ら選択することを認めることによって、尊重すれば足りる、[3]別氏夫婦がそれぞれの氏を次の世代に承継させることを希望するならば、その希望は満たされるべきである、などが挙げられている。この意見に対しては、[1]夫婦がどのような氏を称するかという問題と、子も含めた家族の呼称をどうするかという問題は、区別して考えるべきである、[2]子の氏が異なることを認め、これを子の出生時に父母の協議によって定めることとすると、協議をすることができない場合又は協議が調わない場合には、子の氏が定まらないことになる、[3]子の氏が異なることを認めると、家族が氏を異にする二つの系列に分化し、その間に対立が生ずるおそれがある、などの批判がある。
 子相互間の氏が異なることを認めない意見の理由としては、[1]兄弟姉妹間の氏が異なると、子の健全な青成が妨げられるおそれがある、[2]兄弟姉妹間の氏を統一することが、家族の一体感を確保する上で望ましく、国民の意識にも沿う、[3]家族には共通の氏が必要であるが、夫婦間で子が統一的に称する氏の定めをすることとすれば、それを家族の共通の氏の定めと見ることができる、[4]制度改正は、現行制度に近い、緩やかな改正が望ましい、などが拳げられている。この意見に対しては、[1]夫婦の一方の氏を子の氏として定めることは、夫婦間の実質的平等を害する、[2]別氏夫婦の一方で子と氏を異にする者が、家族単位からはみ出した存在となるおそれがある、[3]兄弟姉妹間の氏が異なることの違和感は過渡的なもので、これが一般化すれば解消するものであるから、子の福祉への悪影割合を考慮する必要はない、[4]家族の一体惑は、親子の絆から生まれるものであり、氏の同一によって保たれるものではない、などの反論がある。
(五)別氏夫婦の実子の氏をいつ・どのように定めるか
 この問題については、試案のB案を支持する立場から、子の出生時に父母の協議で定めるべきであるとする意見が多数を占めたが、夫婦が婚姻の際に定めるものとすべきであるとする意見も有力である。
 子の出生時に父母の協議により定めるべきであるとする意見の理由としては、[1]別氏夫婦の子の氏を統一する必要はなく、そうであれば、子の氏をその出生時に定めるのが適当である、[2]子の氏をその出生時の事情に応じて選択することができる、などが挙げられている。ところで、この意見によるとすると、子の氏について父母が協議をすることができない場合又は協議が調わない場合にどうするかが問題となる。この点については、別氏を選択する夫婦は子の氏の問題も自覚しているはずであるなどの理由から、子の氏が定まらない事態を考慮する必要はないとする意見もあるが、そのような事態を想定して、子の氏の補充的決定方法を定めておく必要性を認める者からは、[1]家庭裁判所の審判により子の氏(又は子の氏の決定権者たる父又は母)を定める、[2]クジによる、[3]婚姻時に予備的に子が称する氏を定めておく、[4]協議が成立しない場合の子の氏を法定するなどの案が示されている。これらの案に対しては、[1]について、家庭裁判所の判断基準が明確でない、[2]について、氏を人格権の一つと捉える理念と矛盾するなどの批判がある。
 夫婦の婚姻時に子の氏を定めるべきであるとする意見は、別氏夫婦の子の氏は統一すべきであるとの立場から、婚姻時に一律に定めるのが望ましいことを理由とする。なお、この意見を一部修正して、婚姻時に子の氏を定めるものとするが、この定めを婚姻後に変更することを認めるべきであるとする意見もある。一方、これらの婚姻時に子の氏を定めるべきであるとする意見に対しては、[1]婚姻要件を加重することになる、[2]婚姻時に子の氏を定めることは不適当であり、特に子を儲ける意思がない人たちや子の出生の可能性がない人たちにとっては無用のことである、などの批判がある。
(六)別氏夫婦の子について、父母の婚姻中に子の氏を他方の親の氏に変更することを認めるか
 この問題について、試案に示したA・B・Cの三条は、いずれもこの種の氏変更を認めていない。これに対する意見も、右のいずれかの案を支持する立場から、一般的にこのような氏の変更は認めないとする意見が多数を占めたが、その中にあっては、B案を支持する立場から、子が一定の年齢に達した時は、子に氏の選択権を認めるべきであるとする意見が多かった。また、少数ではあるが、このような氏変更を一股的に認めるべきであるとする意見もみられる。
 父母の婚姻中は子の氏を他方の親の氏に変更することを認めない意見の理由としては、この種の氏変更を認める必要性がないことのほかに、これを認める場合の弊害が指摘されており、[1]個人の特定という氏の社会的機能を損ない、呼称秩序の安定を害する、[2]子の人格形成の途上での氏変更は、子の福祉を害するおそれがある、[3]父又は母の氏を選択する形での氏変更を認めると、子が父方又は母方の親族関係・財産関係をめぐる利害問題に巻き込まれるなど、氏の系列化による問題が生ずる、などが挙げられている。
 例外的に、子が一定の年齢に達した時に氏の選択権を認めるべきであるとする意見の理由としては、[1]子が一定の年齡に達した後は、その氏変更が子の福祉を害するおそれはなく、これを禁止する必要はない、[2]氏に対する子の意思を尊重すべきである、などが挙げられている。なお、「一定の年齢」を何歳にすべきかについては、試案のB案と同じ二〇歳とする意見のほかに、満一五歳とする、婚姻最低年齢とするなどの意見もある。
(七)別氏夫婦を養親とする緯組をする場合、養子の氏をどのように定めるか
 この問題については、B案を支持する立場から、縁組時における当事者の協議によって定めるとする意見が多数を占めたが、A案を支持し、別氏夫婦の子の氏は統一すべきであるとする立場から、養親が婚姻の際に定めた子の称する氏を称するものとすべきであるとする意見もある。このほかに、現行の養親子同氏の原則を改めて、養子の氏は、養親の氏又は養子の縁組前の氏から選択すべきであるとする意見もある。
(八)選択的夫婦別氏制が導入された場合、現行法の下で成立した夫婦についても別氏を称することを認めるか
 この問題については積極意見が大半であるが、その法的手段しては、試案と同様に、改正法の経過規定によって別氏を称することを認めるとする意見と、一股的に同氏・別氏の転換を認める制度によるべきであるとする意見がある。
 一方、経過規定によるとする意見のうちにも、試案が転換可能な期間を一年としている点、配偶者との共同の届出によるとしている点を修正すべきであるとする意見もあり、具体的には、期間については、一年より長い期間が必要であるとする意見、届出の方式については、婚姻前の氏に復する者の単独の届出によるべきであるとする意見などがある。
 なお、試案のB案は、現行法の下で婚姻した夫婦が別氏夫婦に転換した場合、その夫婦の子で父又は母と氏を異にする者は、父母の氏の転換の時から三か月以内に届け出ることによって氏を変更することができるとしているが、この点については、改正法施行後に別氏を称して婚姻する者との均衡を図るため、この種の氏変更を認めるべきであるとする意見や、これと反対に、いったん定まった子の氏を変更することは、子の氏名権を侵害するものであり、認めるべきでないとする意見などがある。

3 世論調査の結果の概要
 前に触れたとおり、総理府が平成六年九月に実施した世論調査においては、試案に盛り込まれている事項に関連するテーマ三つが取り上げられた。
このうち、選択的夫婦別氏制(その導入に伴う別氏夫婦の子の氏の在り方を合む。)に関する部分の結果の概要は、以下のとおりである。
(一)選択的夫婦別氏制を採用すべきか
 世論調査では、まず、「我が国の法律(民法)では、現在、婚姻の際、夫婦が同じ名字(姓)を名乗ることが義務付けられていますが、当人たちが希望する場合には、夫婦が別々の名字(姓)を名乗ることができるように、法律を変える方がよいと思いますか、それともそうは思いませんか」と問うている。
 この問に対して、全体では、「そう思う」と答えた者の割合が二七・四%、「そうは思わない」と答えた者の割合が五三・四%、「どちらともいえない」と答えた者の割合が一七・〇%である。
 このように、「そう思う」と答えた者の割合は、全体の四分の一強にとどまっているが、年齢別にみると、二〇代と三〇代では、「そうは思わない」と答えた者の割合を若干上回っており、性別でみると女性で(二八・六%)、都市規模別でみると大都市で(三四・三%)、職業別でみると管理・専門技術・事務職で(四二・二%)それぞれくなっている。
 一方、「そうは思わない」と答えた者の割合は、年齢別でみると四〇歳以上で高く、年齡が高まるにつれて、その傾向が顕著である(五〇代で六三・五%、六〇歳以上で七〇.七%)。また、性別にみると男性で(五六・七%)、都市規模別でみると小都市や町村で(六〇・二%、五七・九%)、職業別でみると自営業者や家族従業者で(五九・九%、六五・九%)、それぞれ高くなっている。
(二)賛否の理由
 次に、世論調査では、先の問に「そう思う」と答えた者(五七九人)に、その理由を問うている。これに対しては、「別々の名字(姓)を名乗りたいという夫婦がいるのなら、これを禁止するまでの必要はないから」を拳げた者の割合が五八・七%と最も高く、以下「婚姻の際に名字(姓)を変えると、それまでに得ていた仕事上の信用を失うなどの不利益があるから」
(二九・二%)、「現在の制度では、ほとんどの場合、女性が名字(姓)を変えることになり、男女平等に反するから」(二六・九%)、「現在の制度では、一人っ子同士の婚姻などの際に、家の名前を鴉すために婚姻が難しくなる場合があるから」(二四・四%)などの順になっている。
 さらに、世論調査では、先の問に「そう思う」と答えた者に対し、「希望すれば、夫婦が別々の名字(姓)を名乗れるように法律が変わった場合、あなたは、夫婦で別々の名字(姓)を名乗ることを希望しますか」と問うているが、これに対して「希望する」と答えた者の割合が一九・三%、「希望しない」と答えた者の割合が五二・〇%であった。
 一方、先の問に「そうは思わない」と答えた者(一一二三人)に、その理由を問うたところ、「夫婦、親子が同じ名字(姓)を名乗ることによって、家族の一体感が強まるから」を拳げた者の割合が五四・四%と最も高く、以下、「名字(姓)は、家族の名前なので、夫婦は同じ名字(姓)を名乗るべきだから」(四五・〇%)、「夫婦、親子が同じ名字(姓)を名乗ることによって、他の人からも、その人達が家族だとわかるから」(三〇・九%)、「夫婦が同じ名字(姓)を名乗るという制度は、日本の社会に定着しているから」(二八・七%)の順になっている。
(三)別氏夫婦の子の氏の在り方
 世論調査では、次に、「希望すれば、夫婦が別々の名字(姓)を名乗れるように法律が変わった場合を想定してお答えください。別々の名字(姓)を名乗っている夫婦に二人以上の子どもがある場合、子ども同士(兄弟・姉妹)の名字(姓)が異なってもよいという考え方について、あなたは、どのようにお考えになりますか」と問うている。
 これに対して、「子ども同士の名字(姓)が異なっても構わない」と答えた者の割合が一四・二%、「子ども同士の名字(姓)は同じにすべきである」答えた者の割合が六八・九%となっている。なお、(一)の選択的夫婦別氏制を採用すべきかという問に「そう思う」と答えた者だけについてみると、前の答をした者の割合が二九・七%、後の答をした者の割合が五二・二%となっている。

<注>
その後の世論調査では、夫婦選択別氏(別姓)を容認する割合が増加してきています。


二 本報告の説明

1 基本的な考え方
 再三触れたように、試案では、夫婦の氏の在り方、子の氏の決定方法、子の氏変更の可否を通じて、それぞれ一定の考え方に基づいて、A・B・Cの三類型を示している。そこで、当面の検討課題は、この三類型のうちいずれを(又はそのいずれかに適当な修正を施したものを)採るべきかである。
 右の三類型のうちC案は、夫婦の氏について現行の同氏制を維持しつつ、婚姻によって氏を改めた夫婦の一方が、婚姻前の氏を自己の呼称として使用することを法律上承認するものである。「呼称」という概念を用いて、事実上の夫婦別氏制を実現しようとするものであるが、制度上は、夫婦の一方が婚姻によって氏を改めることになるから、個人の氏に対する人格的利益を法律上保護するという夫婦別氏制の理念は、ここにおいては後退している。また、氏とは異なる「呼称」という概念を民法に導入することになると、その法的性質は何か、氏との関係をどのように捉えるかなど、理論的に困難な新たな問題が生ずる。さらに、この民法上の「呼称」は、現在戸籍実務において用いられている「呼称上の氏」との混同を生じさせ、氏の理論を一層複雑、難解なものにするおそれがある。このような観点から、C案を、長期的な展望に立った氏の制度して採用することは、相当でない。
 次に、B案は、個人の個性・同一性の徴表としての氏の性格を重くみる考え方に立ち、別氏夫婦の子の氏についても、父母や子自身による選択を柔軟に認めようとするものである。この案は、我が国における氏についての伝統的な考え方を脱皮した斬新なもので、理論的にも一貫性を持っている。試案に対して寄せられた意見において、この案に多くの支持が集まったのは、そのためであろう。しかしながら、氏の制度は、国民の社会生活・家庭生活に深く関わるものであるから、その国の伝統や慣習、さらにはそれらに根ざした国民の意識から乖離したものであってはならない。このような観点からすると、B案の基底にある思想と我が国の国民の氏に関する意識との間には、いまだギャップがあるように思われる。このことは、先の世論調査の結果にも端的に現れている。そこでは、過半数を超える人達が現行の夫婦同氏制を支持しており、その理由づけをみても、氏を単なる個人の呼称ではなく、それを超えた「家族」の呼称と認識し、それが家族の一体感の維持やその同一性の標識としての機能を営むべきものと考えていることがうかがえるのである。したがって、試案の説明で述べたように、選択的夫婦別氏制の導入は今日的課題であるとしても、こうした我が国の土壌に、B案に沿った制度づくりをすることは、我が国の氏の制度に墓本的な変更を加えることになり、制度の改変を望まない国民の側からの理解を得ることは難しいと考えられる。氏の個人的性格を重視するB案のような考え方が、将来において我が国社会に受け入れられる可能性はあろう。しかし、少なくとも現段階においてこの考え方を制度化することは、時期尚早であるように思われる。
 そうすると、残るのはA案である。この案は、夫婦が、婚姻の際に、夫婦としての氏の定めをすることを原則とするが、この定めを義務づけることはしないで、その定めをしなければ別氏夫婦となるという考え方を採る。これは、現行の七五〇条の枠組みの中で、夫婦別氏制を導入しようとするものにほかならない。また、別氏夫婦の子の氏については、夫婦が婚姻の際に定めるべきものとし、この定めがその間の子すべてに及ぷものとして、子の氏の統一を図っている。このように、A案は、現行制度の基本的な枠組みは維持しつつ夫婦別氏制を導入しようとするもの、換言すれば、漸進的で緩やかな制度の変更を目指すものであり、これを望まない国民の側からも比餃的受け入れ易い案であろう。以上のような考慮から、当面の法改正においては、A案を基軸にすることが相当であると考えられる。
 本報告に示す案は、このような考え方に立つものであるが、夫婦の氏の定めとしての同氏・別氏を対等なものとし、別氏夫婦の子が父母の婚姻中に氏変更することを認めるなど、A案に一部修正を加えている。

2 夫婦の氏
(一)夫婦の氏の定め
 夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫若しくば妻の氏を称し、又は各自の婚姻前の氏を称するものとする(以下、夫又は妻の氏を称する旨の定めをした夫婦を「同氏夫婦」といい、各自の婚姻前の氏を称する旨の定めをした夫婦を「別氏夫婦」という。本報告一1)。
 夫婦は、婚姻の際に、共通の氏を称するか、それとも、それぞれ婚姻前の氏を称するかの定めをしなければならないとする趣旨である。前の定めは、その共通の氏として夫又は妻のいずれかの氏を選択することによってされ、その効果として、夫婦は、夫又は妻の氏を称する。後の定めをすると、その効果として、夫婦は、それぞれ婚姻前の氏を称することになる。A案では、夫婦が共通の氏の定めをしないことすることの効果(いわば消極的効果)として、それぞれ別の氏を称することとなるという構成を採ったが、本報告においては、同氏・別氏の間にそのような関連づけをしないで、別氏を称することが同氏を称することと対等な関係に立つことを明確にする趣旨から、別氏を称することを積極的に合意する構成に改めた。
 ところで、純理論的に考えるならば、夫婦がそれぞれ婚姻前の氏を称し続けるためには、別段の合意は不要であり、同氏となることを希望する夫婦のみが格別の合意をすれば足りることになる。しかしながら、この考え方を制度化することは、先に述べたような我が国社会の氏に対する一般的意識に沿わず、現行制度の急激な変革であるとの印象を一般に与えかねない。そこで、本報告においては、現行の七五〇条の枠内で別氏の選択も可能にする道を選んだ。現行の七五〇条は、もとより夫婦同氏制を定めた規定であるが、夫婦の共通の氏を自ら定めることはしないで、夫又は妻の氏のいずれかを選択するという限度においてではあるが、夫婦が、婚姻に際して、その氏の在り方を定めるという構造になっている。この構造を拡大して、夫婦がそれぞれ婚姻前の氏を称することも、夫婦の氏の在り方の一形態として選択できるようにするというのが、本報告の考え方である。
 以上の考え方は、社会的にみても意味があるものと思われる。すなわち、婚姻は、制度的にはあらゆる身分行為の根幹に位置づけられるものであるが、社会的にみれぱ、新しい家族を形成してい<基盤を形成するものであり、当事者にとっては人生の新しい出発点である。そのような意味を持つ婚姻を、当事者が今後どのような氏を称するかを考慮して定める契纉とすることは、当事者の意識や感情にも合致し、現在の我が国の社会にも受容されるものと考えられる。
(二)子の氏の定め
 別氏夫婦は、婚姻の際に、夫又は妻のいずれかの氏を、子が称する氏として定めなければならない(本報告一2)。
 この氏の定めの意味・機能については、試案のA案の説明を援用する。
(三)婚姻後の夫婦の氏の転換
 婚姻後の同氏夫婦から別氏夫婦への転換も、別氏夫婦から同氏夫婦への転換も、いずれも認めないものとする(本報告一(注))。
 婚姻の際に定めた夫婦の氏の在り方を婚姻後に変更することを認めない趣旨である。試案においては、A案では、別氏夫婦から同氏夫婦への転換のみを認め、B案では、いずれの転換も認めないこととしていた。この点に関し、試案に対する意見では、B案を支持する立場から、いずれの転換も認めないとする意見が多かったが、他方で、個人の氏に対する人格的利益又は氏の自由を強調する立場から、婚姻後の社会的環境の変化に対応するため、いずれの転換も認めるべきであるとする意見も相当数みられた。本報告が、この意見を採らなかった理由は、基本的には試案のB案についての説明で述べたところと同じであるが、整理して述べると、次のとおりである。
 [1] 選択的夫婦別氏制の理念は、個人の従前の氏に対する利益を保護するため、当事者が希望すれば、婚姻後もこれを称し続けることを認めること、すなわち、いったん定まった氏を婚姻という身分変動によっても変更しないことを認めることにある。これに対し、婚姻後の夫婦の氏の転換の問題は、一方で、夫婦の氏の在り方を事後に変更することの適否の問題であり、他方、いったん定まった氏を身分変動がないのに変更するという意味においての氏の自由を認めるかという問題でもある。このように、選択的夫婦別氏制と婚姻後の氏の転換とは、性質を異にし、前者を導入したからといって、必然的に後者をも認めるべきことにはならない。
 [2] 特に、同氏から別氏ヘの転換を認めることは、婚姻によって氏を改め従前の氏についての利益をいわば放棄した者についてまで、その保護を及ぼすものであって、夫婦別氏制の理念の範囲を超えるものである。
 [3] 個人を特定・識別する標識としての氏の社会的機能の面から見れば、婚姻時に定めた夫婦の氏の転換を認めない方が望ましい。
 [4] 婚姻後の家庭や社会の状況の変化に対応するために夫婦の氏の転換を認めるべきであるとする見解は、立法政策としてば採り得る余地があるが、
安易な氏の変更は好ましくないから、変更を必要とする事由は相当程度に客観的・具体的なものでなければならないところ、そのような事由を想定することば困難である。また、このような見解を採るとすれば、同氏・別氏間の転換のみならず、同氏夫婦がその称する氏を変更することをも認めることとするかという問題にまで発展する可能性があり、現行制度に与える影響が大きい。
 [5] 婚姻後の夫婦の氏の転換を認めると、婚姻の際の同氏又は別氏の選択が安易にされるおそれがある。
 次に、A案では、別氏から同氏への転換のみを認めていた。これは、同氏を原則とみる立場から、この原則型に向かう転換は認めるべきであるとの理念に立ち(現に、ドイツ法がこの立場を採る。)、併せて、同氏夫婦が当面圧倒的多数を占めるものと予測される社会状況からみて、別氏夫婦が、子と同一の氏を称するため、あるいは家庭生活・社会生活上の配虜から、同氏夫婦に転換することを希望することが考えられるが、こうした希望は満たされるベきであるという政策的理由によるものであった。本報告は、この案も採用しないこととしたが、これは以下の理由に基づく。
 [1] 先に述べたように、本報告は、同氏を原則とする考え方を採らず、同氏・別氏を独立・対等なものとして選択する制度を意図するものであるから、ここでは、同氏原則の考え方を基礎に置く右のA案の転換制度は、理念としては成り立たなくなる。
 [2] 制度的な問題としては、夫婦の氏の転換は、子の氏ヘの影響を避けることがでさないから、場合によっては、別氏夫婦の複数の子の氏を統一するという原則(後述)に抵触する事態の発生も予想される(例えば、夫の氏を子が称する氏として定めて婚姻した別氏夫婦が、第一子を儲けた後に妻の氏を称する同氏夫婦に転換して第一子を儲けた場合、第一子は父の氏を、第二子は母の氏をそれぞれ称するから、子の氏が異なることとなる。)。
 [3] 試案のA案において援用されていた政策的理由も、同氏夫婦が当面圧倒的多数を占めるであろうという社会状況を考慮した、いわば経過措置の性質を帯びるものであって、将来別氏を称する夫婦が増加してくれぱ、自ずからその必要性が減少することが予想されるから、この政策的理由のみでは、夫婦の氏の転換の制度づくりをする根拠として薄弱の感を免れない。
 [4] 別氏夫婦が「やむを得ない事由」によって同じ氏を称することを希望する場合には.民法上の制度ではないが、戸籍法一〇七条によってその希望を満たすことが可能である。
 本報告は、以上のような考慮の下に、同氏夫婦から別氏夫婦への転換も、別氏夫婦から同氏夫婦への転換も、いずれも認めないこととした。これは、現行制度が、婚姻の際に夫婦の氏として定めた夫又は妻の氏を婚姻後に変更することを認めないことと符合するものであり、その背景には、現行制度と同様の「氏の安定」という配盧が働いている。さらには、そうすることによって、婚姻の際における夫婦の氏の在り方の選択をより慎重ならしめるという間接的な効果を期待するという意味もある。

3 実子の氏
 同氏夫婦の子の氏の取扱いは現行法どおりである(本報告一2)から、ここでは、別氏夫婦の子の氏の取扱いについてのみ述べる。
(一)婚姻の際の氏の定め
 別氏夫婦の子は、本報告一2により定められた氏を称するものとする(本報告一2)。
 前述したように、別氏夫婦は、婚姻に際して、夫又は妻の氏を子が称する氏として定めなければならないが(本報告一2)、その夫婦の間に生まれた子は、出生と同時にその定めに従った氏を称するとする趣旨である。A案における実子の氏の定め方と同じであって、例えば、別氏夫婦が婚姻の際に、「子は妻の氏を称する」と定めたときは、その間に生まれた子は母の氏を称することになる。この理は、子の出生時に父母が離婚をしている場合であっても変わりはない。
 この案は、別氏夫婦の問に複数の子がある場合には、その子らの氏は、少なくとも出生の時点においては同一とするという考えを前提にしている。別氏夫婦の間に棋数の子がある場合の氏の在り方については、試案に対する意見では、その間の氏を統一しなくてもよいとする意見が多数を占めた。氏の個人的性格に重きを置くB案に支持が集まったことの一環である。しかしながら、再三述べたように、この意見は、現在の国民の意見とは必ずしも一致していない。世論調査の結果をみても、別氏夫婦の複数の子の氏が異なってもよいとする意見は全体の一四・二%に過ぎず、これらの子の氏は何じであるべきであるとする意見(六八・九%)を大幅に下回っている。また、対象を選択的夫婦別氏制の導入に賛成する者だけに限ってみても、半数以上が子の氏は同一であるべきであるとしており、子の氏が異なっても構わないとする意見は三〇%に満たない。ここから明らかなように、夫婦別氏制を支持する者においても、夫婦の氏の在り方と子の氏の在り方とは、性質の異なる問題として意識されていることが窺われる。木報告は、このような世論調査に現れた国民の意識を考慮して、別氏夫婦の複数の子の氏は、その出生時においては同一とする案を採った(子の氏変更によって、事後的に複数の子の氏が異なることがあり得ることは、後に述べる。)。
 次に、本報告が、別氏夫婦の子の氏を婚姻の際に定めるべきものとしているのは、理論的には、この定めも現行の七五〇条の枠内の問題と捉えるという考えによる。現行法の七五〇条は、夫婦が、婚姻の際に、夫婦の氏として夫又は妻のいずれの氏を称するかを定めることを要求しているが、そこで定めた氏は子の氏にもなるから(七九〇条参照)、現行制度の下でも、夫婦は、婚姻に際して、潜在的には子の氏の定めをもしているものとみることができる。夫婦がそれぞれ別の氏を称することができる制度を導入することとすると、この潜在的な定めの部分が欠けることになるから、その定めを補充することを求めるというのが、本報告の趣旨である。さらに、立法政策としても、この方法は、[1]別氏夫婦の複数の子の氏を統一的に定める上で、最も簡明な方法である、[2]子の氏がその出生時において確定的に定まる、という利点を有する。
 もっとも、この方法に対しては、試案に対する意見においても、前述のように、[1]婚姻要件を加重することになる、[2]婚姻時に子の氏を定めることは不適当であり、特に子を儲ける意識のない夫婦や子の出生の可能性がない夫婦にとっては無用のことである、などの枇判が寄せられている。しかしながら、[1]については、現行七五〇条の夫婦の氏の定めが、潜在的には子の氏の定めをも包含していると解すれば、別氏を選択する夫婦に子の氏の定めを要求しても、婚姻栗件の加重には当たらないと考えられる。また、[2]に対しては、子を儲けることは婚姻の自然の成り行きであるから、婚姻の際に、将来生まれてくるであろう子の氏の定めを要求しても、不合理とはいえないし、この氏の定めは養子の氏の定めにもなる(本報告三2(1))から、子を儲ける可能性がない夫婦にとっても、意味がないものとはいえないとの説明づけができるように思われる。
(二)子の出生時にその氏を定める方法を採らない理由
 別氏夫婦の子の氏の定め方についての本報告の考え方は、以上のとおりであるが、そこで述べたこれに対する批判論は、主として、別氏夫婦の子の氏の決定は子の出生時における父母の協議によるべきであるとする見解に立つ側からのもののように思われる。このような子の氏の決定方法は、B案のように、別氏夫婦の子の氏がその出生時から異なることを認める利度の下では最も合理的な方法であるが、その子らの氏を統一する立場に立つとしても、第一子の出生時に、将来生まれてくるであるう子を含めて、その氏を决定する一つの方法として、採り得ない考え方ではない(現に、子の氏を統一するドイツの法制で採られている。)。しかしながら、この案の最大の問題は、子の出生時において父母がその氏について協議をすることができない場合又はその協議が調わない場合には、出生した子の氏がいつまでも定まらず、子の氏が宙に浮く事態が生ずることである。このような事態は、さまざまな問題を生む。
 [1] まず、子の福祉に適わないし、氏が個人の同一性の徴表という社会的機能を有していることに照らして、許されるべきでない。
 [2] 同氏夫婦の子や嫡出でない子の氏は出生と同時に定まるのに、別氏夫婦の子の氏は出生時に定まらないという不均衡を生ずる。
 [3] いわゆる国際人権B規約(二四条二項)及ぴ児童の権利に関する条約(七条一項)は、子が出生の時から氏名を取得する権利を有する旨を宣言しており、これらの条約に抵触するおそれがある。
 [4] 日本国民の子が外国で出生したことにより、その国の国籍をも取得した場合には、出生の曰から三か月以内に、出生の届出とともに国籍留保の屈出をしなければ、その出生の時に遡って日本国籍を喪失することになるが(国籍法一二条、戸籍法一〇四条)、そのような子の氏について父母間の協議をすることができないとき又は協議が調わないときは、子の出生届・国籍留保届が遅延し、ひいては、その子が日本国籍を喪失する事態が生ずる。
 このため、父母の協議に代わる子の氏の補充的决定方法を用意する必要があるが、この方法としては、[1]家庭裁判所の審判で定める、[2]クジで決める、[3]夫婦の婚姻の際に、予め夫又は妻の氏を子が称する氏として定めておく、[4]父又は母のいずれかの氏と法定する、などが考えられる。これらの方法は、試案の説明においても提示したところであるが、同時にそこでは、そのいずれを採っても難点があることを指摘した。これらの難点は、その後の身分法小委員会の検討においても解消するに至っていない。のみならず、ここでさらに問題点を指摘するならば、[1]については、そもそも子の氏を父母の意思によってではなく、国家機関が定めることとする制度の在り方が望ましいかという疑問がある。また、[3]は、その実質において、父母の婚姻の際に子の氏の定めをし、子が出生した時点でその変更を認める仕組みであるが、後述するように、本報告においては、「特別の事情」があることを要件として、子の出生後に氏の変更を認めることにしているから、出生時における「変更」を認めなくても、この方法により、父母の婚姻以降の事情の変化に対応して子の氏の在り方を定めることが可能である。
 以上のような理由により、本報告においては、別氏夫婦の子の氏をその出生時の父母の協議により定めるという方法は採らないこととした。

4 養子の氏
 養親が同氏夫婦である場合における養子の氏の取扱いは、現行法どおり(本報告三1)であるから、その説明を省略する。
 養親が別氏夫婦である場合は、養子は、本報告一2により定められた氏を称するものとし(本報告三2(1)養親のいずれとも離縁したときに限り、縁組前の氏に復するものとする(同(2))。
 この点については、試案の説明で述べたところと同じであるから、これを援用する。

5 子の氏変更
 同氏夫婦の子の氏の変更の取扱いは、現行法どおりである(本報告四1)から、以下には、別氏夫婦の子の氏変更についてのみ述べる。
(一)「特別の事情」による氏変更
 別氏夫婦の子は、父母の婚姻中は、特別の事情があるときに限り、家庭裁判所の許可を得て戸籍法の定めるところにより届け出ることによって、自己と氏を異にする父又は母の氏を称することができるものとする(本報告四2(1))。
 a 趣旨
  試案においては、A案・B案とともに、別氏夫婦の子は、父母の婚姻中は、自己と氏を異にする父又は母の氏を称することができないものとしていた。その理由は、試案の説明に示しているところであるが、その後の身分法小委員会の検討の結果を踏まえて、本報告においては、「特別の事情の存在」と「家庭裁判所の許可」を要件として、この種の氏変更を認める考え方を採った。その理由は、次のとおりである。
  [1] 現行の七九一条は、父母その他の親族に関する何らかの身分行為の結果として、親と子が氏を異にするに至った場合には、その氏を一致させることが子の利益に適うとの観点から、子の氏変更を認めている。別氏夫婦の子についても、自己と氏を異にする父又は母の氏を称することが、同条の下で保護されている右の利益に匹敵する利益をもたらすような事情があるときは、七九一条による氏変更の制度の枠組みの中で氏変更を認めるのが相当である。
  [2] 実際問題としても、子の出生後に、子を取り巻く家庭環境や親族の状況に変化が生じ、その中で、子が従前の氏を維持するよりも氏を変更ずる方がその利益や福祉に適う場合があり得ると考えられる。
  [3] 安易な氏変更による子の不利益や氏の社会的機能が損なわれる危険は、家庭裁判所の許可を介在させることにより、回避すろことができる。
  [4] 家庭裁判所も、この氏変更の許否に関しては、従前の七九一条による氏変更に関する審理・判断と同じ枠組みの中で処理することが可能であると考えられる。
  [5] 先に述べた二つの要件を満たすという制約の下にではあるが、子の氏変更の結果として、別氏夫婦のそれぞれの氏を次の世代に承継することが可能になる。
  この氏変更は、別氏夫婦に複数の子がある場合、全員が同時にこれをすることは、もとより差し支えないが、それぞれが個別にすることもできる。この結果、子相互間の氏が異なることになるが、それを容認しようとするものである。氏変更の時期や回数についても制限はない。もっとも、一人について、特別の事情が多数回にわたって認められることは稀であろう。
 b 特別の事情
  ここにいう特別の事情とは、特に子の氏変更を必要とするような家庭又は親族間の事情をいう。この特別の事情には、二つの側面がある。
  本報告は、先に述べたように、別氏夫婦の複数の子の氏は、その出生時においては統一すべきであるという考え方に立っている。これは、少なくとも子の幼少時においては、兄弟姉妹の氏が同じであることが望ましいという考慮によるものである。したがって、この特別の事情は、右の「子の氏統一の原則」を破っても、なお氏変更を必要とする事情でなければならない。これが、特別の事情の一つの側面である(もちろん、子が一人であるときは、この側面は機能する余地がない。)。
  もう一つは、現行の七九一条の枠組みにおける氏変更の要件としての側面である。七九一条による氏変更の制度は、子が父母又は父若しくは母と氏を異にする事態に至った場合に、その間の氏を一致させるためのものであるが、そのような事態は、子の関係者の何らかの身分行為(例えば、親の養子縁組・離縁、親の離婚、親による認知など)の結果として生じたものである。ところが、ここでいま論じている別氏夫婦の子の氏変更は、子の関係者に何らの身分行為もないのに、これを認めようとするものである。そうとすれば、この問題を現行七九一条の制度の枠組みの中で処理するためには、この規定がその前提として予定している身分行為に相当するような事情が生じたことを要件とするのが相当である。これが、特別の事情のもう一つの側面である。
  この「特別の事情」の存否を判断するに当たっては、子を取り巻く家族の状況、子の生活状況等諸般の事情を総合して、子の氏を変更することが、
子の家族や親族とそれに囲まれる子自身の利益に資するかどうかを考慮しなければならない。
  なお、この点に関連して、身分法小委員会の審議においては、子が一定の年齢(満一五歳、成年等)に達した後は、その意思を尊重して、「特別の事情」を要件とすることなく氏変更を認めるのが相当であるとする意見があった。
(二)その他の氏変更
 別氏夫婦の子は、自己と同じ氏を称していた父又は母が氏を改めたことにより、その父又は母と氏を異にする場合には、父母の婚姻中に限り、家庭裁判所の許可を得ないで、戸籍法の定めるところにより届け出ることによって、その父又は母の氏を称することができるものとする(本報告四2(2))。
 別氏夫婦の子は、父母の婚姻が解消し又は取り消された後は、家庭裁判所の許可を得て、戸籍法の定めるところにより届け出ることによって、氏を異にする父又は母の氏を称することができるものとする(同(3))。
 子が一五歳未満であるときは、その法定代理人が、これに代わって本報告(1)から(3)までの行為をすることができるものとする(同(4))。
 本報告(1)から(4)までによって氏を改めた未成年の子は、成年に達したときから一年以内に戸籍法の定めるところにより届け出ることによって、従前の氏に復することができるものとする(同(5))。
 以上については、試案のA案の説明と同じであるから、これを援用する。 なお、A案においては、別氏夫婦が、婚姻後に同氏夫婦に転換することを認めていたため、これに伴う子の氏変更の項目を設けていたが、本報告においては、この夫婦の氏の転換を認めないこととしたので、この項目は割除している。

6 既婚夫婦への適用
(一)既婚夫婦の別氏夫婦への転換
 改正法の施行前に婚姻によって氏を改めた者は、その婚姻が継続している場合に限り、同法の施行の曰から一年以内に戸籍法の定めるところにより配偶者とともに届け出ることによって、自己の氏を婚姻前の氏に変更することができるものとする(本報告五1)。
 この点については、試案のA案の説明と同じであるから、これを援用する。
 なお、試案に対する意見においては、婚姻によって氏を改めた者が婚姻前の氏に氏変更するには、配偶者とともにする必要はなく、単独ですることができるものとすべきであるとの意見がある。しかしながら、本報告においては、改正法施行後に夫婦が別氏を称するのは、婚姻の際における合意(それぞれ婚姻前の氏を称する旨の合意)の効果とみるのであるから、これとの均衡上、右の氏変更も、夫婦の合意に基づいてすべきものとするのが相当である。
(二)子の氏の定め
 (一)により夫又は妻が婚姻前の氏を称することとなったときは、当該夫婦が婚姻の際、夫婦が称する氏として定めた氏を本報告一2の子が称する氏として定めたものとみなす(本報告五2)。
 この点について、A案では、当該夫婦の婚姻の際の氏の定めを子が称する氏の定めとみなすとの表現を採っていたが、本報告では、より具体的な表現ととした。その趣旨においては試案と異なることがないから、試案の説明を援用する。

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